三月のはじめはまだ寒い。
桃の節句もあり、春の訪れを感じる季節とも思えるが。
陽があたれば暖かい場もあるが、翳っている場はそうもいかない。
暦の上では春。しかし体感する季節はまだ冬。
まだ。
冬。
瞬は冷たい息を吸いこみながら、氷河のいるサンルームに入って来た。
「ただいま。やっぱりマフラーだけだとまだ寒いね。」
このサンルームは心地よい。
硝子以外の素材は一切使われていない、沙織特注のサンルーム。
はじめはひとりで独占したがっていたが、あまりの心地よさを自慢をしたくなったのだろうか。
いつからか、彼等もここでの日光浴を許され、沙織よりも彼等を迎え入れる事の方が多くなってしまったサンルーム。
そして何故か、特に氷河がこのサンルームを気に入っていた。
「そうか。」
氷河がロシア語がびっしりと並んだ新聞から顔を上げる。
「うん。まだ一枚羽織らないと無理。」
「もう暖かいだろう。」
「そりゃ、ここでぬくぬくしてる氷河はね。」
氷河は殊の外、この部屋を気に入っていた。
緩やかな風でも身を切る季節になると、氷河は何かと外の用事を頼まれる。
氷河は寒さに強いから。
氷河にはまだ寒くないでしょう。
氷河にしてみればまだ冬じゃないし。
自分に所用が無い限り、そう断ることも無かった。
別に断る理由もない。寒さに強いのも嘘じゃない。
でも。
氷河はこの暖かなサンルームが好きだった。
「残念だね。」
「何が?」
「もう氷河の季節が終わっちゃうよ。」
「俺の季節?」
「そ。氷河の冬。」
色素の薄い唇の隅でクスリとわらう氷河。
別に冬はそんなに好きな季節じゃない、と。
「え?」
むしろ逆。
どちらかといえば、夏よりも冬の方が苦手。
「確かに冬の方が過ごし易いけどな。」
冬のサンルームに注がれる、暖かな放斜線。
それはこのサンルームと共に、氷河の好物の内のひとつだった。
誰もが氷河が得意だと思っていた冬を温もらせてしまう物であるにも拘らず。
冬はシベリアを思い出す。
雪は冷たくなった北の時間を思い出す。
寒い夜は深い海の底を思い出す。
冬。
懐かしいはずのシベリアの地。
でもそれは冷たくなった過去を思わせる温度。
恩師と親友、そして母親。
思い出にしてはどれも冷たすぎる過去。
故郷を懐かしむとき、共に頭を擡げてきてしまう。
忘れたい訳ではないけれど。
思い出したくない訳ではないけれど。
氷河の凍りついた時間と真実。
誰にも話した事はないけれど。
これからもきっとその理由は話さないけれど。
だから。
「冬は苦手だよ。」
雲間から射してサンルームに射す。
そして氷河の金髪を躍らせる冬の終りの日差し。
「ふうん。氷河は冬が好きだと思ってた。」
瞬もその日差しを浴びながら、太陽に手を伸ばす。
「そうか。」
軽く微笑みながら、氷河はロシア語が並んだ新聞を捲る。
「僕は結構好きだよ。」
「それはまた初耳だな。」
「氷河を思い出すから。」
ロシア語を追う視線を一瞬止める氷河。
しかし、また同じように文字を追い始める。
「…そうか。」
「うん。」
「俺達合わないな。」
「そうだね。」
きらきら光るサンルーム。
硝子以外の素材は一切使われていない、沙織特注のサンルーム。
いつからか、彼等を迎え入れる事の方が多くなったサンルーム。
それは。
冬を感じさせないサンルーム。
氷河が好きなサンルーム。
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