「馬鹿な氷河。」
瞬の柔らかい手が氷河の包帯を取り替える。
するすると氷河の左目が露になる。
失われた左目。
女神の為に。
親友の為に。
…自分の為に。
「そんな事したってクラーケンの目が元に戻る訳じゃないのに。」
古くなったガーゼを捨て、そっとその目を拭きながら彼は言う。
「ホント、馬鹿な氷河。」
「わかってるさ、そんな事。」
遠近感がいまいち掴めない右目だけで瞬の手元を見る。
やわらかい手。
優しい手。
でも人を殺めてきた手。
「でもそうせずにはいられなかった。」
「それ以外に思い付かなかったんだ。」
「自慰行為でしかないね。」
瞬は時々その優しい顔からは想像もつかないハッとするような事を言う。
その甘い香りに引き寄せられた者をぱっと突き放すような。
表面だけで自分を判断する人間を遠ざけるような。
「馬鹿な氷河。」
「お前だったらどうした?」
救急箱から新しいガーゼを取り出す瞬に氷河が問い掛ける。
「僕だったら?」
瞬は氷河の質問にちらりと瞳を上げてからゆっくり視線を手元に戻す。
「君が彼で僕が君だったら…」
「君のもうひとつの目も潰す。」
「そして…一生君の側にいる。」
くすり。
「…怖いな、お前は。」
氷河が少しの驚きの表情と共に右目だけで小さく笑う。
「綺麗な目のにね…。」
片目だけで笑う氷河に、瞬は初めて悲しげな表情を見せる。
そっと伸ばされる善でも悪でもない瞬の手。
ゆっくりと…
触れているのかいないのか判らない程に優しく氷河の左瞼を彷徨う。
「片目もそんなに悪くはない。」
瞬の手を自分の左目から離す。
ひんやりと指先から滲んだ切な気な瞬の感情を読み取った氷河の軽いフォロー。
ふいに氷河の顔に陰が差し、腕を捕まれたままの瞬の唇がそっとその瞼に口付ける。
無意識の内に開いてしまった口と、左目の分も驚きの表情を浮かべた右目で瞬を見つめた氷河の表情は、少し滑稽だったかもしれない。
「御伽噺やゲームだったらこれで治るのにね。」
ゆっくりとその唇を離した瞬は切ない微笑みを浮かべた。
くすり。
今日、二度目になる氷河の片目だけの小さな笑み。
「何?」
「いや…」
「やっぱりお前は怖いと思っただけだ。」
「みんな僕は優しいっていうよ。」
「そうだな。」
ふたたび氷河にガーゼを当てながら瞬は氷河の台詞に異議を唱える。
でもそれは瞬自身の意見ではなく。
瞬は手にした新しい包帯で氷河の頭をゆっくり包んでゆく。
真白な包帯は、色素の薄い混血の彼に痛々しく映る。
「でも優しいほどに怖い。」
「怖いほど優しい、の間違いでしょう。」
「いや、間違っていない。」
「ふふ。よく解んない。」
優しさのベールに包まれた硝子細工のように繊細で、でも痛い程に鋭い怖さ。
そしてその怖さを人には決して見せようとしない狡猾な優しさ。
「いいんだ。それで。」
真実だけ見える左目で氷河は瞬を見つめる。
「俺だけ解っていれば。」
|